サッカー

プロサッカー選手になるために実践した練習での「意識付け」

こんにちは。
必死に張り切る ひしはり です。

今日は私自身がプロサッカー選手になるために
実践していた日々の練習(トレーニング)での
「意識付け」といった部分についての考えを
記事にまとめて行きたいと思います。

 

サッカースクールの画像

 

天才を基準値にするのは「タブー」

 

これはどんなスポーツの練習(トレーニング)にも
当てはまる考え方です。

ご自身やお子さんが何かスポーツをされていて、
「今よりちょっとでも上達したい」または
「上手くなってほしい」と思われている方は
ぜひ、実践してみて下さい。

まず、「天才」と呼ばれる天性のセンスを持った
一部の人以外は、人より上手くなろうと思えば
人より努力する必要があります。

これは当たり前の話で
まわりの人と同じ事をしていては
それ以上にはなれません。

私の経験上、「天才」と呼ばれる人は
少なからず、存在します。

この人たちは結果と努力が比例しない
特殊な人たちです。

超絶うらやましい存在ですね(笑)

まわりのチームメイトが
何十回も練習しないと出来ない様なむずかしいプレーも
何回か練習すればいとも簡単にこなしてしまいます。

同じチームに天才がいた場合は、
「自分とは違うんだ」という事を
まずは認識するところから始めて下さい。

なぜならそこを基準にしてしまうと
自分自身の成長段階における自己肯定感が
ぶれぶれになってしまう危険性があるからなんですね。

 

ひしはり
ひしはり
自分の中で高い基準値を持つ事と
天才を基準値にする事はイコールではありません!

 

これはあくまでも私なりの見解ですので
あしからず(笑)

 

上達のスピードに影響する「意識付け」

 

子供の頃に何かのスポーツを始める時には
みなさんそうだと思いますが、
街のクラブに入ったりスポーツ教室に入ったり
されると思います。

そこでコーチや先生がいて
練習メニューを決められて
それをこなして行くというのが
一般的ではないでしょうか。

この時点でまわりの人より上手くなろうと思ったら、
「意識付け」といったものが大事になって来ます。

この「意識付け」がされた練習をしているか、
それともただ、言われた練習をこなしているかで
上達のスピードは大きく変わって来ます。

ではこの「意識付け」とはいったい
どう言ったものなのかという事ですが、
実際に私が実践していたものを
例にあげて説明して行きますね。

 

【 超基本 】 練習の定義とは?

 

まず、練習というものの「定義」ですが、
私の場合はすべての練習は
「試合のための練習」でした。

けっして「練習のための練習」では
ありません。

 

ひしはり
ひしはり
これは基本中の基本です!

 

「そんな事言われんでも当然やん!」
思われるかもしれませんが、
意外とみなさん出来ていないんですね。

知らず知らずの内に「練習のための練習」
なってしまっているんですね。

これはプロになるまでの
すべての世代で感じて来た事なので
あながち間違ってはいないと思います。

さすがにプロになってからは
そんな事はありませんでしたが、
学生時代の頃は常にまわりのチームメイトとの
ギャップを感じていましたね。

 

【 効果的!】具体的なイメージとしての「意識付け」

 

シュートの画像

 

具体的な話をすると
例えばシュート練習があったとします。

一般的なポストシュートの練習だとして
ゴールの枠にシュートを飛ばすのは当たり前ですが、
シュートの軌道の高さを地面から1m以上浮かさない様に意識します。

すべてのシュートを1m以内の高さに
抑えて打つという「意識付け」ですね。

それと合わせて当然キーパーが立っている
ゴール中央は外して右すみか左すみを狙います。

さらに実際の試合を想定して
県予選準決勝の後半ロスタイム0対1で
負けている状況での最後のラストチャンスという
シュチュエーションをイメージに落とし込んで打ちます。

このイメージは上記の様に
具体的であればあるほど
効果を発揮します。

そのシュートを「外したら負け」という
プレッシャーを本番同様に感じ取れたら
シメたものです。

それでその1本のシュート練習の
重みが全然変わって来ますよね。

ただただ惰性で何本もシュートを打つのと
1本1本にこういう「意識付け」をして
シュートを打つのとでは、
上達のスピードが全然変わるのは
当然の事ですよね。

体力的な面で言えば
正規の練習時間の前に
学校まわりのランニングコースで
3km走ってから練習に参加したりもしていましたね。

自分で言うのもなんですが、
サッカーに関しては、
まじめな頑張り屋さんでしたね(笑)

 

自分のプレーを進化させるための「縛り」

 

ゲーム形式の練習でも
自分に「縛り」をつける事も意識して
やっていましたね。

「縛り」というのは例えば、
私は右利きですが、
そのゲーム形式の練習では
「左足しか使わない」と決めてプレーする事などです。

当然、利き足でない以上、
難易度は上がる訳ですね。

じゃあその難易度を下げるためには、
どうしたらいいのか。

それは右足と同様に
左足を使えればいい訳ですね。

という発想で
左足を右足と同じくらい使える様に
練習した訳です。

どんな練習をしたかというと
中学に上がってすぐの頃でしたが、
1ヶ月間、左足しか練習で使わない様にしたんですね。

ちなみに中学のサッカー部の顧問の先生は
むちゃくちゃ怖い
「スパルタ系体罰オラオラ先生」でした(笑)

今の時代では確実に
「先生〜アウト〜!」ですね。

当時は体罰なんて当たり前の時代でしたから
ビンタに蹴りになんでもありましたよ(笑)

ミスをするとすぐにその顧問の先生の
怒号が飛んで来ますから、
そのプレッシャーといったら半端なかったですね。

そんな状況でしたから、
わずか1ヶ月という短い期間で
右足と同じくらいに左足でもボールを
扱える様になりました。

ある意味、自己防衛能力のアップデートですね(笑)

それと左利きの脳の運動神経を鍛えるために
食事をする時のおはしも利き腕の右手ではなく
左手に持ち変えて食べていましたね。

これはメキシコオリンピックでアジア人初の得点王になり
日本を初の銅メダルに導いた
日本を代表するストライカー「釜本邦茂」さんの本に
書かれていた事を真似してやっていましたね。

また、小・中・高と私はチームで10番を背負って
ゲームメーカーをしていましたので、
高校3年生の頃にはゲーム形式の練習では、
さらなる「縛り」をつけていました。

それは私一人に専用のマーク人員を
1年生の後輩から「3人」つけて
プレーしていたんですね。

10番を背負ってプレーする者の宿命ですが、
やっぱり試合になると相手チームからの
ファウルやラフプレーが非常に多いんですね。

 

背番号10の画像

 

自分の個人技の技術が上がれば上がるほど
相手選手がまともにやっていても止められませんから
どうしてもファウルやラフプレーで止められる事が増えて来ます。

ある意味これは相手選手から
自分のプレーの技術の高さを認められている事になりますね。

最初の頃はそのファウルやラフプレーに
怒っていた事もありましたが、
「マラドーナ」のビデオを見てから考え方が変わりました。

マラドーナ自身も82年のワールドカップスペイン大会で
ブラジル戦での度重なる厳しいマークに対する報復行為で
退場処分になった事があります。

チームもそれにより負けてしまいました。

この苦い経験が若きマラドーナを
人間的に成長させました。

それ以降のマラドーナは、
ファウルやラフプレーを受けて倒されても
痛さに悶絶する事はあっても怒る事はなく
それがチームの中心選手の宿命だと割り切って
プレーを再開する様になりました。

私もマラドーナのそういう姿に感銘を受けたんですね。

そしてそういった厳しいマークへの対応策として
1年生3人にべったりマンツーマンで
マークにつかせ、なおかつファウルもOKにして
「ユニフォームを引っ張ろうが足を引っ掛けようが
なんでもいいからとにかく俺を止めろ!」
と言い聞かして
やらせてましたね。

今から思えば、1年生の後輩の立場からしたら
たまったもんじゃないですよね。

自分がその立場なら
全力でお断りですね(笑)

でもそのおかげで
そんじょそこらのファウルでは
崩されないプレースタイルに進化させる事が出来たと
自負していますし感謝しています。

 

自信や信頼に繋がる「意識付けした練習」

 

やはりこういった「意識付け」をして
練習するのとしないのとでは、
実際にやって来た感想として
本番での自分のプレーへの自信であったり、
信頼であったりといった精神的な部分の強さが
圧倒的に変わりますね。

試合の中でほぼほぼ自分のやりたい事が
やりたい様に出来る様になる訳ですからね。

もちろん、上には上がいますから、
どんどん高いレベルのステージに自分が上がって行けば
やがて頭打ちになるステージがやって来ます。

そこでさらに自分のプレーを進化させる事が出来るかどうかは、
自身の「伸びしろ」があるかどうかにかかって来ますね。

与えられた才能には限界があります。

そしてその限界も人それぞれです。

自分の才能の限界まで
「やり切る事の大切さ」「挑戦する事の大切さ」
それが一番大事な事ではないでしょうか。

 

まとめ

 

今日は私自身がプロサッカー選手になるために
実践していた日々の練習(トレーニング)での
「意識付け」といった部分についての考えを
記事にまとめてみました。

いかがだったでしょうか。

意識するしないでどれだけ変わってくるのかを
私は実体験として知っています。

チームメイトに対しても
そういった厳しさは求めましたし、
ただそれには出だしの段階で話し合いをして
真剣に上を目指してサッカーと向き合うか否かを
同世代全員で決めてからの事ですが。

 

ひしはり
ひしはり
練習でやれていない事は試合じゃ出来ない! 

 

スポーツである程度のレベルを経験されている方なら
誰もが一度は感じた事があると思いますが、
勝敗を分けるのはほんのちょっとの差だったりする訳ですね。

届きそうで届かなかった悔しさ、
もうちょっとで勝てそうで勝てなかった歯がゆさ。

勝敗を分けるほんのちょっとの差は
「練習での厳しさの差」なんですね。

練習で自分をまたは自分たちを
どれだけ厳しく追い込めるかといった事が
最後の最後に結果として跳ね返って来るんですね。

だからこそ本気のスポーツは、
プレーしている自分やチームメイトも含め
見る人に感動を与える訳ですね。

ぜひ、本気のスポーツを通して
素晴らしい感動を味わって下さい。

若き日の私が経験した様に・・・

第二第三の人生のステージでも
自分をアップデート出来る様に
しっかり「意識付け」をして
必死に張り切る ひしはり でした。
今日はここまで。

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