サッカー

プロサッカー選手になるために実践した練習での「意識付け」

こんにちは。
必死に張り切る ひしはり です。

 

ひしはり
ひしはり
サッカーでプロになるためにはどういった練習をして行けばいいの?

どういった意識で練習して行けばプロになれるの?

 

本記事ではこの様な疑問にお答えします。

 

本記事の内容

❶天才を基準値にするのは「タブー」

❷上達のスピードに影響する「意識付け」

❸【超基本】練習の定義とは?

❹【効果的!】具体的なイメージとしての「意識付け」

❺自分のプレーを進化させるための「縛り」

❻自信や信頼に繋がる「意識付けした練習」

 

今日は私自身が
プロサッカー選手になるために
実践していた日々の練習
(トレーニング)での
「意識付け」といった
部分についての考えを
記事にまとめて行きたいと思います。

一言お断りさせていただきますが
残念ながらこれを実践したからといって
誰もがプロになれるという
保証はありません。

しかし少なくとも私自身は、
日々の練習の中で
他のチームメイトよりも
こういった事を実践し続けたおかげで
プロになる事が出来たと確信しています。

本記事を読めば、
そんな私自身の経験を通して
どういった意識で練習に取り組んで行けば
プロやもしくは少しでも上のレベルに
繋がって行けるのかといった
ヒントをわかってもらえると思いますよ!

 

この記事を書いている人

この記事を書いている私はブログ歴3年目

現在は本業のサラリーマンの傍ら副業ブロガーとして活動しています。

元海外プロサッカー選手

Twitter(ひしはり人生再構築ブロガー)のフォロワーは1300人ほど。

 

サッカースクールの画像

 

天才を基準値にするのは「タブー」

 

これはどんなスポーツの
練習(トレーニング)にも
当てはまる考え方です。

ご自身やお子さんが
何かスポーツをされていて、
「今よりちょっとでも上達したい」
または「上手くなってほしい」
思われている方は
ぜひ、実践してみて下さい。

まず、「天才」と呼ばれる
天性のセンスを持った一部の人以外は、
人より上手くなろうと思えば
人より努力する必要があります。

これは当たり前の話で
まわりの人と同じ事をしていては
それ以上にはなれません。

私の経験上、「天才」と呼ばれる人は
少なからず存在します。

この人たちは結果と努力が比例しない
特殊な人たちです。

 

ひしはり
ひしはり
超絶うらやましい存在ですね(笑)

 

まわりのチームメイトが
何十回も練習しないと
出来ない様なむずかしいプレーも
何回か練習すれば
いとも簡単にこなしてしまいます。

同じチームに天才がいた場合は、
「自分とは違うんだ」という事を
まずは認識するところから始めて下さい。

なぜならそこを基準にしてしまうと
自分自身の成長段階における
自己肯定感がぶれぶれになってしまう
危険性があるからなんですね。

 

ひしはり
ひしはり
自分の中で高い基準値を持つ事と天才を基準値にする事はイコールではありません!

 

これはあくまでも
私なりの見解ですので
あしからず(笑)

 

上達のスピードに影響する「意識付け」

 

子供の頃に
何かのスポーツを始める時には
みなさんそうだと思いますが、
街のクラブに入ったり
スポーツ教室に入ったり
されると思います。

そこでコーチや先生がいて
練習メニューを決められて
それをこなして行くというのが
一般的ではないでしょうか。

この時点でまわりの人より
上手くなろうと思ったら、
「意識付け」といったものが
大事になって来ます。

この「意識付け」がされた練習を
しているか、それともただ、
言われた練習をこなしているかで
上達のスピードは大きく変わって来ます。

ではこの「意識付け」とはいったい
どう言ったものなのかという事ですが、
実際に私が実践していたものを
例にあげて説明して行きますね。

 

【 超基本 】 練習の定義とは?

 

まず、練習というものの「定義」ですが、
私の場合はすべての練習は
「試合のための練習」でした。

けっして「練習のための練習」では
ありません。

 

ひしはり
ひしはり
これは基本中の基本です!

 

「そんな事言われんでも当然やん!」
思われるかもしれませんが、
意外とみなさん出来ていないんですね。

知らず知らずの内に
「練習のための練習」
なってしまっているんですね。

これはプロになるまでの
すべての世代で感じて来た事なので
あながち間違ってはいないと思います。

さすがにプロになってからは
そんな事はありませんでしたが、
学生時代の頃は常に
まわりのチームメイトとの
ギャップを感じていましたね。

 

【 効果的!】具体的なイメージとしての「意識付け」

 

シュートの画像

 

具体的な話をすると
例えばシュート練習があったとします。

一般的なポストシュートの練習だとして
ゴールの枠にシュートを飛ばすのは
当たり前ですが、
シュートの軌道の高さを
地面から1m以上浮かさない様に
意識します。

すべてのシュートを
1m以内の高さに抑えて打つという
「意識付け」ですね。

それと合わせて
当然キーパーが立っている
ゴール中央は外して
右すみか左すみを狙います。

さらに実際の試合を想定して
県予選準決勝の後半
ロスタイム0対1で
負けている状況での
最後のラストチャンスという
シュチュエーションを
イメージに落とし込んで打ちます。

このイメージは上記の様に
具体的であればあるほど
効果を発揮します。

そのシュートを「外したら負け」という
プレッシャーを本番同様に感じ取れたら
しめたものです。

それでその1本のシュート練習の
重みが全然変わって来ますよね。

ただただ惰性で何本もシュートを打つのと
1本1本にこういう「意識付け」をして
シュートを打つのとでは、
上達のスピードが全然変わるのは
当然の事ですよね。

体力的な面で言えば
正規の練習時間の前に
学校まわりのランニングコースで
3km走ってから
練習に参加したりもしていましたね。

自分で言うのもなんですが、
サッカーに関しては、
まじめな頑張り屋さんでしたね(笑)

 

自分のプレーを進化させるための「縛り」

 

ゲーム形式の練習でも
自分に「縛り」をつける事も
意識してやっていましたね。

「縛り」というのは
例えば私は右利きですが、
そのゲーム形式の練習では
「左足しか使わない」と決めて
プレーする事などです。

当然、利き足でない以上、
難易度は上がる訳ですね。

じゃあその難易度を下げるためには、
どうしたらいいのか。

それは右足と同様に
左足を使えればいい訳ですね。

という発想で
左足を右足と同じくらい使える様に
練習した訳です。

どんな練習をしたかというと
中学に上がってすぐの頃でしたが、
1ヶ月間、左足しか
練習で使わない様にしたんですね。

ちなみに中学のサッカー部の
顧問の先生は
むちゃくちゃ怖い
「スパルタ系体罰オラオラ先生」でした(笑)

今の時代では確実に
「先生〜アウト〜!」ですね。

当時は体罰なんて
当たり前の時代でしたから
ビンタに蹴りに
なんでもありましたよ(笑)

ミスをするとすぐに
その顧問の先生の
怒号が飛んで来ますから、
そのプレッシャーといったら
半端なかったですね。

そんな状況でしたから、
わずか1ヶ月という短い期間で
右足と同じくらいに左足でもボールを
扱える様になりました。

ある意味、自己防衛能力の
アップデートですね(笑)

それと左利きの脳の
運動神経を鍛えるために
食事をする時のおはしも
利き腕の右手ではなく
左手に持ち変えて食べていましたね。

これはメキシコオリンピックで
アジア人初の「得点王」になり
日本を初の「銅メダル」に導いた
日本を代表するストライカー
「釜本邦茂」さんの本に
書かれていた事を
真似してやっていましたね。

また、小・中・高と
私はチームで10番を背負って
ゲームメーカーをしていましたので、
高校3年生の頃には
ゲーム形式の練習では、
さらなる「縛り」
つけていました。

それは私一人に専用のマーク人員を
1年生の後輩から「3人」つけて
プレーしていたんですね。

10番を背負って
プレーする者の宿命ですが、
やっぱり試合になると
相手チームからの
ファウルやラフプレーが
非常に多いんですね。

 

背番号10の画像

 

自分の個人技の技術が
上がれば上がるほど
相手選手がまともにやっていても
止められませんから
どうしてもファウルやラフプレーで
止められる事が増えて来ます。

ある意味これは相手選手から
自分のプレーの技術の高さを
認められている事になりますね。

最初の頃はそのファウルやラフプレーに
怒っていた事もありましたが、
「マラドーナ」のビデオを見てから
考え方が変わりました。

マラドーナ自身も
82年のワールドカップスペイン大会で
ブラジル戦での度重なる
厳しいマークに対する報復行為で
退場処分になった事があります。

チームもそれにより負けてしまいました。

この苦い経験が若きマラドーナを
人間的に成長させました。

それ以降のマラドーナは、
ファウルやラフプレーを受けて倒されても
痛さに悶絶する事はあっても
怒る事はなくそれがチームの中心選手の
宿命だと割り切って
プレーを再開する様になりました。

私もマラドーナのそういう姿に
感銘を受けたんですね。

そしてそういった

厳しいマークへの対応策として
1年生3人にべったりマンツーマンで
マークにつかせ、なおかつ
ファウルもOKにしました。

「ユニフォームを引っ張ろうが
足を引っ掛けようが
なんでもいいからとにかく俺を止めろ!」

と言い聞かしてやらせてましたね。

今から思えば、
1年生の後輩の立場からしたら
たまったもんじゃないですよね。

自分がその立場なら
全力でお断りですね(笑)

でもそのおかげで
そんじょそこらのファウルでは
崩されないプレースタイルに
進化させる事が出来たと
自負していますし感謝しています。

 

自信や信頼に繋がる「意識付けした練習」

 

やはりこういった「意識付け」をして
練習するのとしないのとでは、
実際にやって来た感想として
本番での自分のプレーへの
自信であったり、
信頼であったりといった
精神的な部分の強さが
圧倒的に変わりますね。

試合の中でほぼほぼ
自分のやりたい事が
やりたい様に出来る様に
なる訳ですからね。

もちろん、上には上がいますから、
どんどん高いレベルのステージに
自分が上がって行けば
やがて頭打ちになるステージが
やって来ます。

そこでさらに自分のプレーを
進化させる事が出来るかどうかは、
自身の「伸びしろ」
あるかどうかにかかって来ますね。

与えられた才能には限界があります。

そしてその限界も人それぞれです。

自分の才能の限界まで
「やり切る事の大切さ」
「挑戦する事の大切さ」
それが一番大事な事では
ないでしょうか。

 

まとめ

 

今日は私自身が
プロサッカー選手になるために
実践していた日々の練習
(トレーニング)での
「意識付け」といった
部分についての考えを
記事にまとめてみました。

いかがだったでしょうか。

意識するしないで
どれだけ変わってくるのかを
私は実体験として知っています。

チームメイトに対しても
そういった厳しさは求めましたし、
ただそれには出だしの段階で
話し合いをして真剣に上を目指して
サッカーと向き合うか否かを
同世代全員で決めてからの事ですが。

 

ひしはり
ひしはり
練習でやれていない事は
試合じゃ出来ない!

 

スポーツである程度のレベルを
経験されている方なら
誰もが一度は感じた事が
あると思いますが、
勝敗を分けるのはほんのちょっとの
差だったりする訳ですね。

届きそうで届かなかった悔しさ、
もうちょっとで勝てそうで
勝てなかった歯がゆさ。

勝敗を分けるほんのちょっとの差は
「練習での厳しさの差」なんですね。

練習で自分をまたは自分たちを
どれだけ厳しく追い込めるかといった事が
最後の最後に結果として
跳ね返って来るんですね。

だからこそ本気のスポーツは、
プレーしている自分や
チームメイトも含め
見る人に感動を与える訳ですね。

ぜひ、本気のスポーツを通して
素晴らしい感動を味わって下さい。

若き日の私が経験した様に・・・

第二第三の人生のステージでも
自分をアップデート出来る様に
しっかり「意識付け」をして
必死に張り切る ひしはり でした。
今日はここまで。

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