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あなたの【本気度】はどれくらい?本気の先にしか感動は生まれない!

こんにちは。
必死に張り切る ひしはり です。

今日は
「本気」といった事について
記事にして行きたいと思います。

 

オリバーカーンの画像

 

抽象的!「本気の度合い」って人それぞれ

 

本気で頑張るから!

 

本気でやろうと思う

 

本気でやれや!

 

などなど「本気」という言葉は
度々、私たちの人生の中で
登場して来ますよね。

「本気」という言葉を
辞書で調べてみると

 

まじめな気持ち
真剣な気持ち
また、そのさま

 

といった具合に出て来ます。

覚悟の表れとも
言えるかもしれませんね。

ただこの本気という言葉は
すごく抽象的で
人によってまちまちなところが
あります。

例えば、これは先日
私が Twitter でつぶやいた内容ですが
英会話を本気で学びたいと思っている
3人の方のそれぞれの行動です。

 

Twitterの内容の画像

 

3人の方に聞けば
みなさん、本気で英会話を
学びたいと思っていると
お答えになるでしょうね。

確かに誰もウソを言っていませんし、
誰も間違ってはいません。

実際、
みなさんその通りだと思います。

 

「本気度の基準値」は十人十色

 

では、同じ事柄に
本気で取り組もうとしている
3人の方の行動が
違うのはなぜでしょうか?

それは「基準値」
三者三様で
それぞれ違うからですね。

何が正しくて
何がいけないという事では
ありません。

「本気度の基準値」
違うという事です。

そしてそれぞれの基準値の差が
そのまま行動に現れているという
事なんですね。

あくまで単純な例えですが、
この例えで言うと
本気度の基準値が一番高いのは
「Cちゃん」だという事がわかります。

私自身の事で言えば、
世の中にプロサッカー選手になりたいと
思っている人はごまんといますよね。

そんな中でプロを目指して
海外へ挑戦する人が
果たしてどれくらいいるでしょうか?

もちろん金銭的な問題や
年齢的な問題など
様々な条件がそろわないと
なかなか実現させるのは
むずかしいかもしれません。

しかし、そういった面を差し引いても
海を渡った当時の
私の本気度が高かったのは
間違いないでしょう。

そのあたりの紆余曲折な経緯は
以下の記事にまとめていますので
ぜひ、読んでいただけたらと思います。

 

警報の画像
約束の場所へ・・・人生初の強烈な警報が頭の中で鳴り響いた・・・頭の中で人生初の強烈な「警報」が鳴り響いた体験を記事にまとめました。誰の人生にもその後の人生の転機となるきっかけがあると思いますが、そういった内容になっています。ぜひ、読んでみて下さい。...

 

さて、
そんな抽象的な「本気度」ですが、
当たり前の話として、
その「本気度の基準値」がそのまま
行動や結果に比例します。

先ほどの例でいえば、
1年後、最も英会話が上達しているのは、
「Cちゃん」という事になります。

これは当然の結果ですよね。

つまり、本気度の差によって
結果が変わるという事です。

これは私自身が高校生の時に
身をもって経験しました。

今、振り返っても
青春の素晴らしい思い出ですね。

本気の思いと行動によって
結果が大きく変わるという経験を
ぜひ、ご紹介したいと思います。

 

「本気の言葉」がチームを変えた話

 

私が通っていた高校は
県内では無名の
サッカー弱小校でした。

しかしなぜか地域の先輩には、
むちゃくちゃサッカーのうまい人が
けっこういたりしました。

でもそんな先輩たちは
そこまでサッカーに本気でなかったり、
遊びの延長ととらえている感じの人も多く
本気度といった面では
そこまでではなかったんですね。

中でも私のサッカー人生に
多大な影響を与えた先輩と
中学でいっしょになりました。

バケモン級にうまかったその先輩との
エピソードは以下の記事に
くわしくまとめていますので
ぜひ、こちらも
読んでいただけたらと思います。

 

空飛ぶスーパーマンの画像
まさに「バケモン!」1個上の先輩の話こんにちは。 必死に張り切る ひしはり です。 今日は雑記記事を 書いて行きたいと思います。 お題は、「バケモン」です。...

 

そんな地域性もあってか
進学した高校も
サッカーでは無名の
弱小校ではありましたが、
うまい先輩は多かったですね。

他の記事でも触れていますが、
私はこの進学したサッカー弱小校を
実は受験していません。

どういう事かと言いますと
全国大会に出る様な
県内でも1位2位を争う
サッカー強豪校を公立と私立の
併願でそれぞれ受験しました。

テスト的にはどちらも受かりました。

しかし、運命のいたずらによって
(今となっては、それが運命だったと思えていますが)
地域制の関係で
まったく受験もしていない高校に
飛ばされてしまったんですね。

しかも願書の書き方が
間違っていたとかで
飛ばされた高校以外に
選択肢はありませんでした。

 

ひしはり
ひしはり
15歳の春に経験した
人生最大の挫折でしたね。

 

現在40代半ばまで
人生を生きて来ましたが、
その全人生を通しても
あれに勝る衝撃的な挫折はありませんね。

そんな自分的には
ドぎつい挫折を弱冠15歳の少年が
経験した訳です。

そういった経緯があって
サッカー弱小校に進学した訳ですが、
それでも幸いというか何というか
先輩には恵まれたんですね。

ただ、顧問の先生がまだ若く
サッカー経験者という事だけで
サッカー部の顧問をされていましたが、
求心力や影響力、指導力といった面では
まだまだ乏しかったんですね。

そうなると当然、練習は
厳しいものになるはずもなく
遊びの延長の様な毎日でしたね。

 

ひしはり
ひしはり
それはそれで楽しいですよ。そりゃあ(笑)

 

ひしはり
ひしはり
キャッキャ言ってボールを
追いかけてましたからね(笑)

 

ただそんな先輩たちが本気でやれば、
上のレベルを狙える力があるのに
本当にもったいないという思いは
いつも持っていましたね。

私たちが2年生の秋に
1つ上の3年生世代が引退されて
ついに私たちの世代の番が来ました。

その私たちの世代にも
幸いサッカー選手としての
タレントが豊富に集まっていましたので、
このまま遊び感覚で終わってしまうのは
本当にもったいないと思っていました。

一個上の世代、
二個上の世代をずっと見て来て
そういった思いは、
ずっと持ち続けていましたから。

自分自身プロを目指して
サッカーと向き合っていましたから
どうにかこの高校世代で
名前を売りたいという思いもありましたし、
存在をアピールしたかった訳です。

私はチームのキャプテンではなく
副キャプテンでしたが、
ある日、キャプテンとも相談して
練習前に私たちの世代だけ
招集して集まってもらったんですね。

そこでチームメイトに対して
私が思っていた
「本気の言葉」をぶつけたんですね。

 

「俺は本気でみんなと
上を目指してやりたいんだ」
と。

「先輩たちを2年間見て来て
あんなにもったいない事は
したくないんだ」と。

「本気でやればこのチームなら絶対に
上を狙えるはずだ」と。

「みんなの意見を聞かせてほしい」
円陣を組んで座った状態で
チームメイト全員に
語りかけたんですね。

「みんなが、先輩たちが歩んだ様に
和気あいあい楽しくやれたら
それでいいというなら
俺は潔くあきらめる」と。

「でも俺はどうせやるなら、一生一度の
高校サッカーを本気でやりたいんだ」と。

「それでもし、俺と同じ思いで
本気で上を目指してやるって
言ってくれるんなら、
絶対にベスト8までは連れて行く!」

 

ひしはり
ひしはり
心の底から出た「本気の言葉」でした。

 

「ベスト8」といったら
「シード校」です。

当時のチーム状況では、
学校数の多いこの県で
ベスト8に名を連ねる事は、
とてもたやすい事では
ありませんでした。

無謀に近かったかもしれません。

それでもその時の私の中では
このメンバーで本気でやれば、
絶対に手が届くと思えたんですね。

一人一人順番に
意見を聞いて行きました。

非常にうれしかった事ですが、
全員一致で
上を目指して「本気でやりたい」
言ってくれたんですね。

 

ひしはり
ひしはり
これは本当に大きな大きな
転機でしたね。

 

チームメイトには、
最大級の感謝しかありません。

内心、涙が出るくらい
うれしかったその光景を
今でも鮮明におぼえていますね。

そして私がこう言って
締めくくりました。

「みんなの気持ちはわかった。
じゃあ、今日から本気でやろう!
今日から俺は鬼になる!
今までみたいな馴れ合いじゃなく
容赦無く厳しい事を言って行く!
その代わり、俺を信じてついて来てくれたら
必ずベスト8までは連れて行くからと。

 

ひしはり
ひしはり
チームの嫌われ役に徹する覚悟でした。

 

監督らしい監督がいない以上、
自分たちでやるしか
ありませんでしたから。

キャプテンも全面的に
「お前にまかす」
言ってくれましたので、
その日からすべての練習メニューを
私が考えて全員で取り組む様になりました。

基本練習、基礎体力作り、筋トレなど。

 

ひしはり
ひしはり
独学で本を読んで学びましたね。

 

そして迎えた6月、
3年生時のインターハイ。

大学進学を目指すチームメイトが多く
秋の高校サッカー選手権予選を待たずに
この大会で私たちの世代のチームメイトは、
ほぼ引退となっていました。

私を含む数人の3年生は、
選手権まで続ける予定でしたが、
このインターハイが
この世代のチームメイトで臨む
最後の大会という事で
気合も入りまくりましたね。

正直、選手権までこのチームで
続けたかったというのが私の本音でしたが、
そこまでワガママは言えません。

ここまで本気で
私に付き合ってくれた彼らに対し、
彼らの引き際を尊重して上げたいと
素直に思えたんですね。

結果、私たちのチームは
そのインターハイで快進撃を続け、
ついにベスト8をかけて
戦うところまで
勝ち進みました。

相手は地元の強豪校。

あと1つ。

あと1つ勝てば、
あの日のみんなとの約束を
果たせる。

やっとここまでたどり着いた。

試合前、
私の胸は熱くなりました。

 

ひしはり
ひしはり
その試合は今でも鮮明に
おぼえていますね。

 

さらに相手の強豪校のキーパーは
県選抜にも選ばれていた
名キーパーでした。

確か私たちと対戦する試合まで
無失点で勝ち上がって来ていた様に
記憶しています。

試合が始まり、
一進一退をくり返し、
後半も半分を過ぎた頃でしょうか。

絶好の位置で
直接フリーキックのチャンスを
得たんですね。

 

フリーキックの画像

 

チームメイトのY君がボールの左側に
私がボールの右側にスタンバイしました。

この時、私とY君はなぜか、
どちらが蹴るかという
会話はしませんでした。

それまでチームでは
コーナーキック、フリーキックは
すべて司令塔であった
私が蹴っていました。

しかしその時は、
正直、どちらが蹴るのかは
私にもわかっていませんでしたね。

アイコンタクトとも違う
不思議な状況でした。

Y君はもしかしたら
最初から自分が蹴るつもり
だったのかもしれません。

二人が助走に入る前に
私がペナルティエリア中央にいたチームメイトに
「〇〇!中つめろよ!」と指示を出しました。

その瞬間、
ほんの一瞬だけですが、
相手キーパーの視線がボールから
その指示を受けた選手の方に移りました。

その瞬間をY君は逃しませんでした。

おもむろに助走に入った彼が
もしかしたらモーションだけで
ボールを行き過ぎるかもと思い
私もつられて助走に入りました。

そしてそのフリーキックは、
そのままY君が蹴りました。

真後ろから見ていた私には
そのボールの軌道がはっきりと
見えました。

まさに「バナナシュート」
きれいな弧を描いたボールは
ゴール右隅に向かって行きます。

一瞬、反応が遅れた相手キーパーも
横っ飛びのセービング!

 

ゴールキーパーの画像

 

次の瞬間、ボールはギリギリ、
キーパーの手をかすめ
ゴールに吸い込まれました。

両手を高々と上にあげて
雄叫びを上げながら
ガッツポーズするY君。

そして即座に
がっしり抱きしめる私。

歓喜の声をあげ
集まるチームメイト。

その瞬間、
「勝った!」と確信し
涙が勝手に溢れて来ました。

チームの守備力には、
絶対の自信がありましたので、
残り時間を考えても、
相手の攻撃力を考えても
この強固な守備を
突破される事はないという
確信を持てました。

「魔の時間帯」と呼ばれる
最初と最後の5分間。

そんな油断など、
持つ事も許さないほど
チームを鍛えて来た
自信がありましたので、
だからこそ
感じる事が出来た確信かもしれません。

 

ひしはり
ひしはり
本当に練習中は鬼の様に
ぼろかすに言って来ましたからね(笑)

 

それでも誰一人として文句を言わずに
最後までついて来てくれましたね。

まあ、誰にも何にも言わさないくらい
自分を追い込んでやっていましたからね(笑)

その点は、
チームメイトも認めてくれて
いたんでしょう(笑)

「1対0」

それがその試合のスコアです。

ついに念願のベスト8に入り
選手権予選のシード権を
獲得する事が出来ました。

チームメイトとの約束も
果たす事が出来ました。

卒業された一個上の世代の先輩も
応援に来て下さってて、
試合後に「お前ら、すごいわ!」
声をかけていただきました。

その激闘の次の日が
「準々決勝」でした。

勝てばベスト4。

しかし前日のこの激闘で
私は腰を強打して
歩くのもやっとの状態でした。

正直、控えに回った方が
チームのためかとも思いました。

しかし、ずっと10番を背負って
このチームの司令塔としてやって来ての
大舞台ですから、
当然出たい気持ちがありました。

とりあえず、出てみて
チームに迷惑をかける様であれば、
交代しようと思い
準々決勝には出場しました。

まあ地獄の様な激痛の中、
勝たなければこれが最後の試合かも
という思いだけで戦い続ける事が出来ました。

結果、前後半合わせて90分を戦い
「0対0」

延長戦前後半合わせて30分を戦い
「0対0」

もう心身ともにボロボロでしたね。

そして運命の「PK戦」

両チーム4人目まで全員が成功。

そして5人目。

先行だったチームメイトが外し、
相手の5人目が決めて試合終了。

私たちの高校の快進撃は、
ここで終わりました。

PKを外したチームメイトは
号泣していましたが、
不思議と私は涙が出ませんでしたね。

これも個人競技でなく
団体競技の厳しさだと受け入れる反面、
負けたくやしさより、
きっとやり切った感の方が
勝っていたんだと思います。

試合には負けましたが、
失ったものより
得たものの方が大きかった事を
実感していたからでしょう。

あの日、あの時、
自分とチームメイトの
「本気のスイッチ」が入った事によって
得る事が出来た、
かけがえのない感動的な
青春の思い出です。

もし、あの日の話し合いで
今までの様に楽しく和気あいあいと
先輩たちと同じ様でいいという意見が
多かったとしたら、
こんな素晴らしい経験は
絶対に出来ていないでしょう。

ただ3年間楽しくサッカー部で
ボールを追いかけたという
漠然とした思い出だけだったはずです。

あの日以来、チームメイトみんなが
本気でサッカーと向き合い、
取り組んだからこそ、
その行動の対価としての
感動が生まれたんですね。

あの感動はその場にいた
すべてのチームメイトが
共有した財産となりました。

あれから25年以上経ちますが、
私を信じて厳しい練習に
ついて来てくれたチームメイトに
改めて感謝したいですね。

 

ひしはり
ひしはり
本当にありがとう!

 

まとめ

 

今日は
「本気」といった事について
記事にまとめてみました。

文中にも書いた様に
人それぞれ顔が違う様に
本気度の基準値も
一人一人違います。

そのバラバラな基準値を
サッカー部という1つのグループを通して、
「統一された基準値」として
みんなで共有出来た事は本当に幸せでした。

そして本気で願い、
本気で行動すれば、
結果はどんな形になっても
感動を生むくらいの素晴らしいものになる。

そういった経験を
高校サッカーを通して
体感する事が出来ました。

物事に本気で取り組む大切さ、
そして素晴らしさを
ぜひ、あなたも体感して下さい。

その恩恵は何倍にもなって
あなたに返って来る事になりますから。

人生に本気で向き合い
本気で行動するために
必死に張り切る ひしはり でした。
今日はここまで。

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