サッカー

約束の場所へ・・・人生初の強烈な「警報」が頭の中で鳴り響いた!

警報の画像

 

こんにちは。
必死に張り切る ひしはり です。

 

ひしはり
ひしはり
頭の中で「警報」が鳴るってどういう事?

頭の中の「警報」ってどんな時に鳴り出すの?

本記事では
このような疑問にお答えします。

 

本記事の内容

❶ 人生初の強烈な「警報」が頭の中で鳴り響いた!

❷ 人生を変えた漫画「キャプテン翼」

❸ 15歳で経験した人生最大の挫折

❹ プロになるために海外へ

❺ 母の容体が悪化!海外留学を断念

❻ 専門学校で運命的な出会いをするも4ヶ月で中退

❼ 流され続けた日々

❽ 人生初の「警報」が鳴り響いた夜

❾ 思いを伝えいざ約束の場所へ  etc.

 

今日は頭の中で
「人生初の強烈な警報」
鳴り響いた体験記を
ご紹介したいと思います。

この体験記は今現在、
目標としている夢があるけれど
なかなか具体的な行動を
起こせていないといった方に
ぜひ、読んでもらえたらと思います。

本記事を読めば、
やるべき事をやっていない場合には
頭の中で「警報」
鳴り響く場合があるという事を
知ってもらえて約束の場所へ向けて
軌道修正する事が出来ますよ!

 

この記事を書いている人

この記事を書いている私はブログ歴3年目

現在は本業のサラリーマンの傍ら副業ブロガーとして活動しています。

元海外プロサッカー選手

Twitter(ひしはり人生再構築ブロガー)のフォロワーは2100人ほど。

人生初の強烈な「警報」が頭の中で鳴り響いた!

警報の画像

 

頭の中で「警報」が鳴り響くという事は
「このままではダメですよ!」
「今のままではダメですよ!」
といったそんな危機感の表れです。

そしてその危機感
現実のものとして
待った無しで近づいて来ている
状況な訳ですね。

それを感じ取った五感が
問答無用で「今すぐ動け!」という
強烈な指令を脳から出させる感覚です。

私の年齢は40台半ばですが、
今までの人生で
この警報が鳴った事が
「2回」だけあります。

今回ご紹介するのは
「1回目の警報」、つまり
人生で「初の警報」
鳴った時の話です。

人生で鳴った「2回目の警報」については
以下の記事でご紹介していますので
合わせて読んでいただけたらと思います。

 

詳細プロフィールの画像
詳細プロフィール「ネットで副収入?為せば成るのか?ひしはりブログ」運営者「ひしはり」の詳細プロフィールです。ある日、会社からの突然の「辞令」によって人生が一変!頭の中で人生2回目の警報が鳴り出したその理由とは?くわしくは詳細プロフィールにて。...

 

それではさっそくご紹介して行きますね。

まずはその警報が鳴るキッカケになった
「サッカー」との出会いから
くわしくご紹介して行きます。

人生を変えた漫画「キャプテン翼」

サッカーボールの画像

 

今から30年以上前になりますが、
私が小学校3年生の時に同じクラスに
ある転校生が転校して来ました。

その子とはすぐに友達となり
さっそくその子の家に
遊びに行った訳です。

仮にA君としておきます。

初めて遊びに行ったA君の部屋には、
たくさんの漫画の単行本や
子ども向けの小説などが
ところせましと並んでいました。

A君のお父さんが
漫画好きという事もあって
あまり本屋さんで見た事のない様な
変わった漫画も
たくさん置いてありました。

まず最初に思った事は、
「大人も漫画を読むんやな」
という事でした。

というのもウチの父親は漫画など
一切読まなかったですし、
逆に厳しい父親だったので
漫画が家に置いてあるだけで
怒られる様な勢いでしたから。

興味津々でそんな本棚を見回していた
私の目にあるタイトルの漫画が
目にとまりました。

それがその後の人生に
大きな影響を与える事になる
「キャプテン翼」という
サッカー漫画との出会いでした。

おもむろに手に取って
パラパラと読み出したら
これが面白いのなんのって、
さっそくA君にお願いして
3巻くらい借りて帰ったのを
おぼえています。

私と同じくらいの世代の方で
サッカーをされていた方なら
みなさん例外なくキャプテン翼に
影響されていた事だと思います。

それくらいサッカー少年から
絶大な人気がありましたからね。

15歳で経験した人生最大の挫折

落ち込む男性の画像

 

そんなキャプテン翼という
漫画に出会ってから私は
「プロサッカー選手になる」
という夢を持ちました。

小学生時代、
中学生時代、
高校生時代、
すべての世代で10番を背負い
チームの司令塔として仲間とともに
汗を流しました。

高校受験では公立はA校、
私立はB校とどちらも県内で有名な
サッカー強豪校を受験しましたが、
願書の書き方が間違っていたという
よくわからない理由で
地元の公立高校に飛ばされました。

その地元の高校はサッカー弱小校で
さらに制服の色がダサすぎて、
子どもの頃から絶対行きたくないと
思っていた高校でした。

つまり私の高校受験は、
A校とB校を受験したにも関わらず、
C校に飛ばされるという
前代未聞の運命のいたずらに
翻弄されてしまった訳です。

この精神的ダメージは
大きかったですね。

プロサッカー選手を目指して
ずっと努力して来て
道筋として最適なのは、
A校かB校に入って
全国大会に出場する事だと
思っていましたからね。

今、振り返ってみても
その後の人生で他にないくらい
人生最大の挫折感でしたね。

それを15歳の春に経験した訳です。

しかもこの話にはさらに
神様が追い討ちをかけます。

それは合格発表を見に行こうと
友人数人で発表場所の高校に
向かっていた矢先に
すでに合格発表を見て帰路についていた
同じ中学のクラスの女子と
ばったりあってその子の口から
聞かされてしまった事です。

 

クラスの女子
クラスの女子
あー〇〇君!あんたC高校やったで〜

 

ひしはり
ひしはり
・・・・・

 

いまだにその時の光景は
目に焼き付いています(笑)

(A校じゃなかったんや、
しかもC校って・・・)

(しかもそれ今言う?・・・)

正直いろいろショック過ぎて
頭が追いつかなかったですね。

でもここでは人生最大の
挫折感を味わいながらも
頭の中で警報は
ならなかったんですね。

その後、合格結果を
サッカー部の顧問の先生に
報告に行った時に
その先生から叱咤激励を受け
背中を押してもらい
前を向く事が出来ました。

 

ひしはり
ひしはり
こうなったらC校でトップ取ってやる!

C校で勝ち進んで名前を売ってやる!と

 

プロになるために海外へ

卒業アルバムの画像

 

結果、1年生の夏から
3年生世代で
レギュラーの座を獲得し
技に磨きをかけました。

時は流れ高校3年時の最後の大会で
県内で準々決勝まで勝ち進み、
最後は延長戦の末、
PK合戦で敗れてしまいました。

それでも弱小高校であったにも関わらず、
自分たちの代は
チームメイトに恵まれ
シード権も獲得し
最高のパフォーマンスが
出来たと思っています。

そんな人生の財産とも呼べる
青春の日々については
以下の記事でくわしくまとめていますので
ぜひ、読んでいただけたらと思います。

 

サッカー選手の画像
あなたの【本気度】はどれくらい?本気の先にしか感動は生まれない!「本気の基準値」を知りたいですか?「本気」ってどこからが本気でどこからが本気ではないのでしょうか?本記事ではそんな抽象的な本気というものについてご紹介しています。「本気の基準値」を知りたい方はぜひ、記事をご覧下さい!...

 

その後、チームメイトや友人たちは
進学や就職に向けて活動する中、
私は長年の夢であった
海外へのサッカー留学を
真剣に考え始め準備し出しました。

小学校6年生の時の
卒業アルバムにも
将来は海外へプロを目指して
サッカー留学すると
書いていましたからね。

当時はまだ日本にプロリーグもなく
日本リーグの実業団で
プロ契約してプロサッカー選手として
活躍している選手も
数えるほどしかいませんでした。

プロになるには
海外へ行くしかないと
漠然と思っていましたので
私の中では自然な事でした。

母の容体が悪化!海外留学を断念

点滴の画像

 

しかし卒業まで数ヶ月を切った頃に
難病で入院していた
母親の容体が悪化して
危篤状態と言われてしまいました。

母親は私が中学に上がった頃から
国の難病に指定されている
「膠原病」の1種をわずらい
数年にわたり入退院を
繰り返していました。

幸いその時は
何とか持ち直しましたが、
母親がそんな状態の時に
日本を離れるなんてと
今は亡き祖母からも
非難されました。

祖母からしたら
「サッカーなんかただの玉けり」

という思いだったでしょうし、
実際に言葉でも言われましたから。

「日本で認められへんもんが
なんで外国で認められんねん!」と。

ただ私自身は
自分のサッカー選手としての
実力に自信もありましたし、
チャンスさえ与えられれば、
結果は出せると思っていましたから
くやしくて仕方なかったのを
おぼえています。

自信があるというのも
けっして独りよがりな自信ではなく、
客観的なまわりの意見や
評価も加えての事です。

しかし明日すら
どうなるかもわからない母を残し
自分の勝手な夢のために
海外へというのは正直踏み出す事が
出来ませんでした。

その旨を母に伝えると

「男やったら母親が死のうが
どうしようが
自分のやりたい事に向かって
突き進まなどうすんねん!」

と叱責されましたが、
その時の私には
いろんな思いを振り切って
日本を離れる事は出来ませんでした。

専門学校で運命的な出会いをするも4ヶ月で中退

チェスの画像

 

その後、急遽進路変更をし
サッカーに力を入れている隣の県の
専門学校に進学する事にしました。

そしてその専門学校で
一人のコーチと
運命的な出会いをします。

サッカー王国から
日本に帰化した
元日本代表選手のBさんです。

しかし結局Bさんには実力を
買ってもらっていましたが、
監督とどうにも反りが合わず、
わずか4ヶ月でその専門学校を
中退しました。

19歳の夏の事です。

理由は
「このままいたら自分の才能を潰される」
と危機感を抱いたからです。

その監督は
まだ大学を出たての若い監督で
データ重視の机上の
インテリサッカーを理想としていて
私が今までやって来たサッカーとは
まったく別物だったんですね。

流され続けた日々

友人たちと楽しむ画像

 

そこから夢への道筋が見えずに
1年半以上周りに
流され続ける事になります。

けっして周りに責任があるとか、
周りがどうこうではなく
自分の弱さがすべての原因でした。

実家にはもう居場所がなかったので
地元で一人暮らしを始め、
日々、バイトと遊びで楽しさに
飲まれて行きました。

中古で車を買い、酒もおぼえ、
タバコも吸うようになり、
彼女も出来て
もうサッカーへの情熱は
消えかかっていました。

毎晩の様に
彼女や友人たちと遊び歩き
それはそれでいい思い出ですが、
自分の中ではずっと心の奥の方で
引っかかっているものがありました。

彼女との付き合いが
長くなればなるほど
将来の結婚を
意識する様にもなりました。

しかしこんな夢を投げ出した男に
本当に一人の女性を
幸せにする事が
出来るのかといった疑問も
自分の中でどんどん
大きくなって行きました。

母親の状態は落ち着いていましたが
変わらず病院のベッドの上で
寝たきりの状態でした。

人生初の「警報」が鳴り響いた夜

ライブの画像

 

そんな楽しくも
流され続けていた日々に
ある日、1つのきっかけが
起こりました。

 

ここでついに鳴りましたよ!

人生初の強烈な警報が!

 

それは高校時代から
バンドを組んで音楽活動をしていた
友人のライブに彼女といっしょに
見に行った時の事でした。

彼らと会うのは
高校卒業以来でした。

彼らもプロを目指し
地元でライブ活動を行なうかたわら
各地にオーディションを
受けに行ったりと精力的に
活動していると聞きました。

ライブが始まったと同時に
身体中に鳥肌が立ち
頭の中で強烈な警報が
鳴り出しました。

現在進行形で
夢を追っている彼らと
夢を忘れかけていた自分との
大きな差を全身で感じずには
いられませんでした。

ライブが終わり楽屋に挨拶に
行かせてもらったのですが、
その時の彼らの姿を
忘れる事はないでしょう。

そこにあったのは、
夢に向かって
やるべき事をやっている男たちの
清々しい汗と笑顔でした。

彼らと握手を交わしたその時も
私の頭の中では
警報が鳴りっ放しでした。

「こいつらは自分の夢に向かって
こんなに頑張っとんのに
それにくらべて今の俺は
何してんねん!」

心が自分自身への
自己嫌悪で埋め尽くされ
彼女といっしょに
ライブ会場をあとにしてからも
しばらくは放心状態でした。

あまりにも彼らが
その時の自分とくらべて
まぶしかった。

そのライブ会場から地元までは、
距離にして10km以上ありましたが
その10km以上の道のりを
彼女と二人歩いて帰りました。

その日、私が感じた思いを
彼女はずっと歩きながら
聞き続けてくれました。

そして頭の中で
スイッチが切り替わりました。

それまで心の奥の方で消えかかっていた
夢へのスイッチが入り、
止まっていた時間が
再び動き始めました。

2年近くを棒に振った。

自分の夢に
間に合うかどうかわからんけど、
やっぱり俺はプロを目指して
海を渡る!

そう決意したのです。

頭の中の警報は、
知らぬ間に
聞こえなくなっていました。

思いを伝えいざ約束の場所へ

飛行機の画像

 

数日後、彼女に意志を伝え
彼女も理解してくれました。

「とりあえず1年勝負したい」と。

「それでダメやったら
潔くサッカーはやめて帰って来る」と。

そして母に会いに病院へ行きました。

「やっぱり俺は自分の夢に向かって
勝負したい」と。

「死に目に会えへんかもしれんけど
 それでも行きたい」と。

そう話す私に母は
「男はそうでなくちゃあかん。
頑張っといで」
と言ってくれました。

うれしさと辛さと寂しさが
入り混じったなんとも複雑な思いで
病室をあとにした事を
おぼえています。

そして海を渡る前に
どうしてももう一人
会っておきたい人がいました。

中退した前述の専門学校で
コーチをされていたBさんです。

その後、すぐにBさんを訪ねて
Bさんの母国に
サッカー留学する事を伝え
単刀直入に質問しました。

「Bさん!俺プロになれるかな?」

ここでBさんの答えが
どういう答えであっても
海を渡る決心を
変えるつもりはありませんでしたが、
Bさんは即答してくれました。

「お前!いけるよ!」と。

この言葉がさらに私の背中を
力強く押してくれましたね。

それから数ヶ月後の4月、
私はそのサッカー王国へ向かって飛ぶ
飛行機の中にいました。

紆余曲折いろいろありましたが、
なんとかスタートラインまで
たどり着く事が出来ました。

「絶対に結果を出してやる」
そういった思いで
勝負の地に降り立ちました。

もうすぐ21歳をむかえようとしていた
春の事です。

プロ契約するも3年で引退

サッカーの試合の画像

 

その後、1年目で
二部リーグではありましたが
サッカー王国で
プロ契約の話までこぎ着け
2年目、3年目とプロとして
サッカーに携わる事が出来ました。

サッカー先進国のレベルの高さ
プロとしての厳しさ、激しさ、貪欲さ
そのすべてを五感で感じられた経験は
私の中でかけがえのない
財産となっています。

結局、この海外生活でプロとしての
現役から引退した訳ですが、
その理由については
以下の記事の中で触れています。

 

サッカーボールの画像
元プロが語る!基本こそ最強!サッカーが上達するための基本の大切さサッカーが上達するための「基本」の大切さを知りたいですか?本記事では元海外プロサッカー経験者の私がその経験を通してサッカーが上達するための「基本」の大切さをわかりやすくご紹介しています。サッカーが上達するための「基本」の大切さを知りたい方はぜひ、記事をご覧下さい!...

 

いい刺激を受け合える最高の仲間たち

仲間の画像

 

帰国して数年後、
当時付き合っていた彼女と
無事に結婚して
今では長男と長女にも恵まれて
家族4人の幸せな家庭を築けています。

余談になりますが、
前述したバンドマンのリーダーが
夢に自信を失くしそうになっていた
時期があったそうです。

その頃、海外でプロとして戦っていた私が
日本にいる時に
自分たちのライブを見に来て
刺激を受け、
そこからもう一度夢に向かって
挑戦しようと思ったんだと
当時、私の彼女から聞いて
そっちはそっちで
刺激を受けたそうです。

そんなお互い刺激を受け合える
友人や仲間って最高に素敵ですよね。

本当に感謝しかないですね。

「出会ってくれてありがとう」
っていう。

結局、彼らはプロとして
活動出来るまでは行きませんでしたが、
夢に向かって全力で
やり切った満足感や充実感は
得られたのではないかと思います。

40代のおじさん世代になっても
たまに趣味でライブをしていますよ(笑)

大事な事は結果がどうであれ
やろうと決めた事を
やり切れるかどうかなんだと思います。

やり切ることさえ出来たら
人生での次のステージに気持ちよく
進めるんだと思いますよ。

まとめ

 

今日は頭の中で
「人生初の強烈な警報」
鳴り響いた体験記をご紹介しました。

誰の人生にもこうした
転機やきっかけみたいな出来事は
あるのではないでしょうか。

今回の記事の様に
私の場合は友人の頑張っている姿に
触発されて「このままではあかん!」
自分を見つめ直す事が出来ました。

あの時、頭の中で
警報が鳴り響かなかったら、
あそこまで思い切った行動に出る事は、
決してなかっただろうと
今になっても思います。

そしてやりたかったけれど
やらなかったという後悔を
ずっと胸に抱え、
自分の気持ちをごまかして
生きて来ていた事でしょう。

そして「やらなかった」
自分への言い訳を
まわりの環境などの
「やれなかった」言い訳に
すり替えて自分を
正当化していたかもしれません。

あの時、本当にやり切ってよかったと
今でも思いますし、
やり切った自分に対して
「よくやったな」とも思えるのです。

いつまでも煮え切れなかった自分に
神様が警報を鳴らして
本当の自分の気持ち、進むべき道に
気づかせてもらえたと思っています。

年齢に関係なく、
今現在、目指している夢があって
でも行動に移せていない方は、
絶対にあきらめないで下さい。

行動してもしなくても
どちらを選んでも少なからず
後悔はついて来ます。

でも後悔には二通りあるんですね。

「なぜ、やってしまったんだろう?」
という後悔と
「なぜ、やらなかったんだろう?」
という後悔です。

二通りの後悔については
以下の記事にくわしくまとめていますので
ぜひ、読んでみて下さい。

 

分かれ道の画像
同じ後悔ならこっちを選べ!誰の人生にもある「二通りの後悔」誰の人生にもある「二通りの後悔」について知りたいですか?人生にとって後悔は切っても切れないものです。本記事ではそんな後悔には「していい後悔」と「したらダメな後悔」がある事をご紹介しています。誰の人生にもある「二通りの後悔」について知りたい方はぜひ、記事をご覧ください!...

 

人生は一度きりです。

かけがえのない
たった一度の自分の人生です。

やらなかった後悔だけは
したくないものですね。

少しでも今回の記事が
読んで下さったあなたの背中を
そっと押す事が出来たとしたら
幸いです。

これからも自分の気持ちを

ごまかさずにまっすぐ生きて行きたいと
必死に張り切る ひしはり でした。
今日は、ここまで。

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