マインド

けっしてまわりに左右されない「ぶれない生き方」の育て方

こんにちは。
必死に張り切る ひしはり です。

今日はけっしてまわりに左右されない
「ぶれない生き方」の育て方について
考えてみたいと思います。

 

やじろべえの画像

 

ぶれないってどういう事?

 

「ぶれない」というのは言葉の通りで
あっちやこっちにフラフラしないという事です。

「一本筋が通っている」とか
「芯がしっかりしている」ともいわれますね。

「自分という人間をしっかり持っている」
これは自分の中でのルールが徹底されているとも
言い換える事が出来ます。

とにかくまわりに流されず、
まわりの目も気にせず、
己を貫き通す凛とした覚悟を
持っているという事です。

しかし、これがなかなかむずかしく
ほとんどの人が常にまわりの目を気にしながら
まわりにどう思われているかビクビクしながら生きています。

本来、人間は弱い生き物ですから
仕方のない事なのかもしれません。

 

「精神の軸」という名の「プライド」

 

それでも中には強い人も確かに存在しています。

この場合の強いは喧嘩が強いとか
腕っぷしが強いといった事ではなく
精神、心、マインド、メンタルといった部分の強さです。

精神的に強い人っていうのは
自分の弱さに負けない人です。

誰の中にも「強い自分」「弱い自分」
混在していて常に頭の中で葛藤しています。

そして世の中にはたくさんの誘惑が溢れ返っています。

そんな誘惑に勝とうと思わない人がいるのも
事実ですし、それが悪い訳でもありません。

楽しい事、楽な事に
流され続けて生きる事も1つの生き方だと
思うからです。

ただ、ぶれない生き方を自分のルールとして
己自身に課している人は誘惑に打ち勝ち続けます。

それが自分自身という人間の
「精神の軸」になるんですね。

いわゆる「プライド」ってやつです。

 

アスリートのトレーニングはまさに修行

 

よくアスリートが自分に打ち勝つために
苦しいトレーニングを自分に課して
精神的にも肉体的にもとことんまで
自分を追い込みますよね。

ある意味、修行ですよ。

トレーニングなんて
楽なものは1つもなくて
苦しくて辛い事ばかりなんですから。

その苦しさや辛さと向き合い
どこまで耐えられるか、
または乗り越えられるかといった事が
アスリートとしての自信につながって行くんですね。

 

サッカートレーニングの画像

 

私自身も元アスリートの
はしくれです。

ですのでアスリートの苦しさや辛さは
それなりにわかっているつもりです。

トレーニングは厳しければ厳しいほど
苦しければ苦しいほど
「これだけやって来たんだから大丈夫」という
本番での唯一の心のよりどころになる訳です。

そういった意味でアスリートのみなさんは、
一般社会で普通に生活している人よりも
はるかに修行されていますよね(笑)

学生時代を思い返しても
帰宅部の学生より、体育会系の部活で
しごかれ続けた学生の方が根性がつくのと同じ事です。

そうしてついた自信というものは
オーラみたいなものとしてその人自体を
輝かせます。

私の目には見えませんが、
私は人にはそれぞれオーラがあると思います。

その人の持っている空気感というか
存在感というか、それは確実にあると思っています。

 

「ぶれない生き方」=「ポジティブシンキング」

 

自分に自信を持っている人からは
プラスのパワーがみなぎって来る様に感じられます。

言葉1つ、態度1つ、行動1つ取っても
すべてがポジティブ(肯定的)です。

逆に自分に自信がない人は、
どうしてもネガティブ(否定的)な面が多い様に感じます。

例えば

 

「俺やったら出来るかも」・・・肯定的
「俺には無理かも」・・・・・・否定的

「まだ1万円もある」・・・・・肯定的
「もう1万円しかない」・・・・否定的

「会いに行ったら会えるやろ」・・・・肯定的
「会いに行っても会えへんやろな」・・否定的

 

こんな感じで肯定的な考え方と
否定的な考え方の2通りがありますから
私たちは知らず知らずの内に
どちらかの考え方で言葉にしたり
行動したりしているんですね。

だからこそ常に意識して
ポジティブで肯定的な考え方や言動を
選ぶ事が大事なんですね。

ぶれない生き方が出来ている人は
すべからくみなさん「ポジティブシンキング」です。

 

すべての思考、言動は意識的に肯定的な方を選ぶべし!

 

評価軸が「自分軸」

 

それと自分をしっかり持っている人の共通点は
基準値や評価軸がまわりや他人ではなく、
「自分(自分軸)」という事です。

自分自身と常に心で対話をし、
自分の中の美学というか理想というか
ただただそれだけを追求している訳ですね。

それゆえにまわりからは、
とっつきにくく思われたり
気むずかしく思われたりする事も
少なくはないでしょう。

でも、そんな事はたいした問題ではないんです。

自分で自分を裏切ることや
自分にウソをつく事、
自分に負ける事が1番の大問題なんです。

 

「弱い自分を強い自分で越えていく」

 

この繰り返しでしか人生において
自分自身のメンタルを鍛える事は出来ません。

 

「自信」という名の最強の鎧

 

鎧の画像

 

そうやって鍛え続ける事で
初めて自分という人間に対して自信を持てますし、
自分の事を誇れる様になって行く、
しいては自分を好きになる事が出来ると思うんですね。

自分を好きでいられる様になると
まわりの目なんていちいち気にする事も
なくなって来ますよ。

学校や職場での毎日を生きる上での自分への
ねたみ、やっかみ、かげぐちなど
すべてがただの雑音と化します。

その段階まで精神的に行って初めて
ぶれない生き方を手にする事が出来るのでは
ないでしょうか。

地球上には約77億人の人間が存在しています。

せめて自分くらいは自分を好きでいたいじゃないですか。

自分を応援する味方でいたいじゃないですか。

かくいう私自身は子供の頃より
サッカーというスポーツを通して
自然とそういった事を学ぶ事が出来たと思っています。

学生時代のあのしごきに耐えた自分、
プロでの厳しいトレーニングに耐えた自分、
そんな過去の自分が今の自分を支える
根幹となってくれています。

少々の事ではめげない、動じない、揺るがない、
そんな自分でありたいと思いませんか。

私は常々そんな自分でありたいと思っています。

うぬぼれや過信とはまったく別次元の
「自信」という名の最強の鎧を
自分の心にまといたいものですね。

そして自信という鎧をまとい、
1度ぶれない生き方を手にしたら
自分主導でいろいろな事に関心を持ち
見聞を広めその根幹をどんどん太く強いものに
して行きましょう。

 

まとめ

 

今日はけっしてまわりに左右されない
「ぶれない生き方」の育て方について
考えてみました。

自分に自信がない人や
まわりの目や評価が気になって仕方ないという人は
人生の照準をまわりや他人ではなく
自分に合わせてみると
いろいろな事が違って見えてくるかもしれませんよ。

少なくとも私自身はメンタルを
ポジティブオンリーに徹底してからは、
ぶれない生き方が出来ていると
プライドを持って言う事が出来ます。

自分への誹謗、中傷があったとしても
屁とも思いません。

傷つく事もありません。

結局、人から嫌な事を言われたりして
傷つくか傷つかないかは自分の頭が判断し、
選択していると思っています。

「うわ〜あんな事言われた〜へこむわ」(否定的)

と傷つく方を選ぶのか

「なんか言うとるで。屁でもないわ」(肯定的)

と相手にせず一蹴するかは自分次第です。

なぜなら私の心は私だけのものですし
あなたの心はあなただけのものなんですから。

誰にも奪われる事のない究極の
マイアイテムですよ(笑)

大事に育ててあげましょうよ。

「ぶれない生き方」をぶれずに続けたいと
必死に張り切る ひしはり でした。
今日はここまで。